PRESIDENT Online
試算で判明「家族葬は割安」はウソだった
むしろ「一般葬」より割高になる
出所:鵜飼秀徳 試算で判明「家族葬は割安」はウソだった
(2019年7月6日 プレジデントオンライン)
「通夜・告別式は近親者のみで行います」。ここ10年で葬式の主流は、こうした家族葬になりつつある。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「背景にあるのはコスト意識のようですが、実際には家族葬は従来の一般葬よりも割高になります」という――。
「通夜・告別式は近親者のみで行います」という文言の背景
あなたは最近、勤務する会社の上司、もしくは同僚の親の葬式に出席したことがあるだろうか。
中堅以上の社員であれば、若手の時代に上司の親の訃報を受ければ、受付などの手伝いをしたことがあるのではないか。かくいう私もかつて、上司の葬式に何度か参列し、普段は厳格な上司が涙を見せたり、家族を紹介してくれたりして、「部長も人間らしいところがあるんだな」などと驚いたものだ。
しかし、ここ数年はどうだろう。特に東京で働く会社員は、会社がらみの葬式に出たことが、とんとなくなったのではないか。会社の掲示板の訃報通知には、昨今、決まってこんな文言がさらりと添えてある。
「通夜・告別式は近親者のみで行います。香典や供花は謹んでご辞退申し上げます」
こう書かれていれば喪主が、参列者を集めない「家族葬(密葬)」もしくは、葬式を実施しない「直葬」のいずれかを選択したことを意味している。
国会議員や大企業のトップさえも葬式をやらなくなった
私は1年前、東京都千代田区にある大企業(連結社員数約5500人)の3年間の訃報通知をカウントし、解析した。すると、約95%が「家族葬」か「直葬」であった。たしかに、私が現役時代に葬式に参加した最後は2006年頃だったように思う。
新聞の訃報欄にも変化がある。やはり、「通夜」および「葬儀・告別式」の日取りや場所が書かれておらず、かわりに「告別式は近親者で行う」との文言が添えられているのだ。
大手紙の訃報欄に掲載される故人は、国会議員や文化人、大企業のトップなどを経験した著名人である。「公人」ですら、会葬者を集めた葬式をやらないようになっているのだ。支援者が多数存在する政治家までもが、いまでは葬式をやらない。
2018年1月、「影の総理」と言われた元官房長官の野中広務さんが亡くなった。私も政治記者時代、野中さんにはお世話になっていたので葬式に参列したかったが、家族葬であった。3カ月後、「お別れの会」が開かれ、そちらに出席した。
「閉じられた葬式」は地方都市にも波及しつつある
いまの家族葬にあたる密葬は、かつては世間に死の事実を知られたくない場合に行われる「タブーな葬式」であった。何らかの“事故”に巻き込まれて亡くなったりするケースなどで、これはかなりレアである。ましてや、直葬を選択する人は、ほとんどいなかった。世間体もあって、葬式はちゃんとしたのである。
弔いの社会基盤もしっかりしていた。地域で、死者が出れば回覧板などでその死を告知するとともに、町内会が葬式を取り仕切ったものだ。慌ただしい遺族に替わって、会社関係、知人らが積極的に手伝いを申し出た。
だが、ここ10年ほどで葬式はがらりと形態を変えた。
先の調査のように、東京都心部では家族葬が全体の5割以上、直葬は3割以上を占めていると私は推測している。このような簡素な、「閉じられた葬式」はいま、中核都市に広がりを見せ、地方都市にも波及しつつある。
1991年の新聞の訃報欄。葬儀・告別式の告知がなされている。
「コスト意識」が葬送が急激に簡素化している理由
なぜ、こんな急激に葬送が簡素化しているのだろうか。
要因は長寿化と核家族化、そしてマネーの問題である。長寿化は、それ自体は喜ばしいことだが、高齢者施設での生活が長引けば、地縁と血縁を分断させる。
参考までに、「死亡場所の推移」を紹介しよう。厚生労働省「人口動態調査」(平成29年)によれば、1955(昭和30)年には自宅死が77%、病院死が15%であった。それが1977(昭和52)年を境にして自宅死と病院死が逆転。現在では自宅死がわずか13%、病院や高齢者施設で死ぬ割合が85%となっている。
晩年、数年間でも高齢者施設に入れば、その人は地域社会の一員ではなくなってしまう。すると、遺族は地域の人を巻き込んで葬式を執り行うことを躊躇してしまう。
また、人々がコスト面を気にする傾向が葬式の簡素化につながっている。現在、葬送の担い手のコアは団塊世代(68~70歳)である。彼らは両親(90歳代)やきょうだい、さらに自分たち夫婦の葬式の準備に大わらわだ。
従来の一般葬の平均費用は150万円程度と言われる。今後、仮に5人の葬式の準備をしなければならないとすると、750万円以上もの費用が必要となる。老後資金が「公的年金以外に2000万円が必要」な時代だ。老後の蓄えに加え、さらに死後の費用を捻出するのは容易ではない。
葬儀社はそうした社会の葬送ニーズに合わせ、安価で簡素な葬式プランを打ち出す。遺族はパンフレットやネットなどで調べれば、価格表が出ていて、遺族が葬儀業者を選ぶ時代になっている。
では、家族葬や直葬を選べば、本当にコストを抑えられるのだろうか。
2019年6月28日の新聞の訃報欄。「告別式は近親者で行う」とある。
最近、雑誌の特集で家族葬や直葬が「割安」であるとの記事が目につく。しかし、そこに落とし穴がある。
結論から言うが、最も支出が多くなるのが「家族葬」であり、その次に「直葬」だ。支出をなるべく抑えようと思えば、従来の「一般葬」を選ぶべきだ。いったい、どういうことか。
家族葬、直葬、そして会葬者を集める形式の葬式(一般葬)のコストを試算してみたのでご紹介しよう。
●家族葬【都内の葬儀会館で親族のみ30人程度を集めた場合】
祭壇、花、ドライアイス、枕飾り、棺、霊柩車、火葬場までのハイヤー代、霊安室代、遺体安置、葬儀会館利用料などで40~80万円+寺院などへの布施30万円
支出額70万円~110万円
●直葬【都内で実施した場合】
一般的な直葬プラン+遺体安置代(2日間)+火葬場への僧侶派遣代
支出額30万~50万円
●一般葬【都内の寺院で会葬者150人程度を集めた場合】
祭壇、花、ドライアイス、枕飾り、棺、霊柩車、火葬場までのマイクロバス代、香典返しなどで計100~130万円+寺院などへの布施30万円
支出額130万~160万円
香典収入 参列者1人平均8000円×150人
収入額120万円
差し引き支出額10~40万円
つまり、今回の各条件で試算すれば、家族葬や直葬では、費用30万円~110万円出ていく一方であるのに対し、会葬者を集める一般葬は香典収入が見込め、コストが抑えられる傾向にある。
葬式を華美な祭壇や演出にせず、一般会葬者を広く集めて香典を受け取り、地域の人や会社の同僚らに手伝いに来てもらった上で、レンタルスペース代がかからない菩提寺や自宅で葬式をやれば、場合によっては「黒字」になることも十分ある。
賢く葬式の費用を抑えるポイント5つ
ここで、葬式の費用を抑えるポイントを整理しておこう。
①地域住民や知人が参列できる一般葬にする
②祭壇などの設備面や、演出などを派手にしない
③ネットで安易に格安業者を選ばない(「安かろう悪かろう」も多い)
④故人の遺志を忠実に守ろうとしない(「散骨にしてほしい」などはコスト高になる可能性も)
このほか、やや非現実的ではあるが、葬式費用を抑えるにはこういう奥の手もある。
⑤遺体の輸送から葬式まで自前でやる
家族葬や直葬はかえって負担が大きくなる可能性が大きい
そもそも葬式とは、共助の精神で成り立っている。費用・労力の両方の負担を、地縁血縁で補い合うのが、本来の葬式のあり方なのである。
家族葬や直葬の場合、「死を知らされなかった」「葬式に呼ばれなかった」として、五月雨式に弔問客から連絡を受けるケースも少なくない。「価格表」だけで家族葬や直葬を選べば、かえって負担が大きくのしかかってしまいかねないのだ。
安易に流行や低価格表示に飛びついてしまわないことが失敗を避ける秘訣であることは、前述の通り。さらに言えば、常に地域や親族と「死」の情報を共有し、いざという時には「困ったときはお互いさま」の精神で心を込めて故人を送ることが、大切になってくるだろう。
出所:試算で判明「家族葬は割安」はウソだった
(2019年7月6日 プレジデントオンライン)